第6話 ― 怒りの査定:評価と嘘と“神Excel” ―
「評価は“結果”であって、“真実”ではない」
「けど、それでボーナスも昇進も決まるのよ」
「そうやって、嘘の上に会社は成り立っていくのね……」
それは、労務管理ツールの中に眠るもう一つの地獄。
◆
「“神Excel”……?」
滝沢が首を傾げながら、投影された画面を見る。
管理部の一室。松永京子がホワイトボードに並べたのは、ひとつの巨大な表計算ファイルだった。
「正式名称は“全社統合評価算出用フォーマットVer.16”。社員の評価、実績、勤務時間、資格取得、勤怠状況、上司コメント……全部ここに集約されてるわ」
「データ管理的には、地獄ですね。見たくもない」
斎藤恵理がモニターの左端を指差す。
「この“総合評価”欄……自動計算式のくせに、“手入力された数値”が混ざってる」
「……誰かが直接、評価を操作してる?」
福田笑加が言葉を引き取る。
「そーいうこと♡ つまり、操作してんのは“誰か”。で、それを誰も気づかないレベルでやってるのがヤバいの♡」
松永の指先が止まった。
「問題は、改ざんされた評価が“人事考課”に直結していること。そして、操作した痕跡がログに残ってない」
「てことは、システムの裏側から“改ざんしてるヤツ”がいるってことやな……」
美代子が炎を込めて呟く。
「“データ”じゃない。これは“怨念”や。評価されへん悔しさ、なかったことにされる怒り……それが憑いてる」
キョンの声が、松永の内で冷たく響いた。
『感じる。このExcelの中に、何かが棲みついてるわ。“評価”という名の業(カルマ)が、データの海に巣を作ってる』
◆
午後9時。
評価データが集約されている本社サーバールーム。
滝沢のセキュリティ解除によって、特別に管理部一同が入室を許された。
「……こんな時間に、こんな場所に来るなんて。若い頃を思い出しますね」
高畑知花子が苦笑まじりに言う。
「今の方がよほど修羅場ですよ。幽霊も魍魎もいますし」
「あと、上司もね♡」
福田が肩をすくめた瞬間――
サーバー内のアクセスランプが、突然一斉に“赤”に点滅を始めた。
「来たッ!!」
画面の中に、巨大なExcelファイルのような“顔”が浮かび上がる。
無数のセルが歪み、関数の文字列が蛇のように蠢いて、声を発する。
『評価スル……再計算……偏差値調整……予算内査定……ムダナ実績ハ削除……』
「やっぱり来たか、オバケExcel……!」
「姫姉様、構えます!」
五人の鬼たちが、即座に鬼化する。
氷、炎、雷、そして双子の補佐陣――その力が部屋を包む。
「目標、“ファイルシェア領域”内部! 本体は中央の“計算式セル”!」
「エリリン、式の解析いける?」
「構文式“=IFERROR(IF(AND(実績<>0,評価<60),削除,””)”を検出……!」
「つまり、“60点以下は実績ごと消してんじゃねーか!!”」
美代子が吠えた瞬間、炎が走る。
ミヨの拳が、実績の“行”に炎を叩き込む。
一方で、キョンが全体を凍らせてループ式を封じ込め、ガーコが雷で“リンク式”を破壊していく。
『繰り返ス……評価調整……業績係数補正……偏差指数操作……』
「うっさいわぁあああああ!!!」
賀津子が電撃を最大出力で放つ。
「雷撃式・評価基盤崩壊(イージス・ブレイク)!」
構文が一斉に崩れ、サーバー画面にエラー表示が踊る。
『#REF! #VALUE! #DIV/0!』
エリリンの声が重なる。
「今です! 本体セルを上書きします!」
エミリンが飛び込み、中央セルに“真の評価”を入力する。
=「命は評価できない」
その瞬間、ファイルが白く発光し、画面全体が静かに閉じた。
◆
翌朝。
評価シートのレイアウトは完全に修正され、誰の“操作”も入れられない構造になっていた。
“実績のある者”が、正しく評価される。
“数字を盛った者”の列は、ただ静かに非表示になっていた。
松永京子は静かにつぶやく。
「評価は、数字だけじゃない。努力や誠実さは、見えなくても積み上がるのよ」
高畑がコーヒーを差し出す。
「それでも、見えないと意味がない。だから、あなたたちが必要なのね」
「ええ、私たち鬼は……“見えない声”を拾うためにいる」