第4話 ― 幽霊部員の夜:“存在しない人事記録”と新たな敵 ―
午前3時11分。
誰もいないはずの人事データベースが、深夜に“何者か”によってアクセスされていた。
そのログイン記録には、存在しない社員番号――A0000000。
所属:なし
名前:■■■■
最終出勤日:該当データなし
評価:S+
そして、備考欄にはこう記されていた。
「要注意:削除不可」
◆
朝。
管理部の一角、松永京子はコーヒーを片手にデスクを見下ろしていた。
手元のタブレットには、前夜のアクセスログが映し出されている。
「……また、出たのね」
斎藤恵理が無言で資料を差し出す。
「ログ記録を復元しました。“存在しない社員”の名前は、社員リストからも外されている」
「証拠隠滅のために“名簿の幽霊化”……あり得る話ね。けれど、それだけじゃない。コレ、見て」
松永が画面を指差す。
そこには、削除されたはずの離職者の勤怠記録が、リアルタイムで“稼働中”となっていた。
「まさか、存在しないはずの社員が……今も、どこかで働いてるって言うの?」
「“働かされてる”のかもしれないわ」
福田笑加がチョコバーをかじりながら口を挟む。
「こわ~。まさに幽霊部員って感じっすね。ブラックジョークが過ぎるぅ」
滝沢直樹がプリントを持って入ってくる。
「おい。お前ら、これ見てみろ。昨日の夜中、社内システムに不正アクセスがあった。けどな、そいつは“中から”アクセスしてた」
「中って……誰?」
「問題はそこだ。“誰でもない奴”が操作してた。IDの名前は全部『■■■■』だ」
一同の表情が引き締まる。
(また、“魍魎”が動き出している……しかも、今回は“記録”そのものに憑依してる?)
松永の中で、キョンの声が響く。
『これは情報の亡霊。記録という形をとった“呪い”……デジタルの地獄、ね』
「召集するわ。全員作戦室へ」
◆
午後5時。
作戦会議室、通称“給湯室”(※人目を避けるには最適)。
ホワイトボードには、削除された社員名の一覧が並ぶ。
誰も見たことのない名前、履歴、だが確実に“誰かのものだった”証。
「結論から言うと、社内には“存在しない社員”が少なくとも10名いるわ」
「彼らは退職者や離職者の名義を使って、定期的に“労務記録”と“経費”が流されてる。これ、誰かが“会社に存在する人間”としてシステム内で維持してるのよ」
美代子が手を挙げる。
「つまりアレやろ、名前だけ残して、金と業績だけ使ってるってことやな」
「しかも、その記録は一切エラーを出さずに処理されてる。ってことは……」
滝沢がうつむきながら呟いた。
「人じゃない“何か”が社内システムの一部に取り憑いてるってことだな」
斎藤が低い声で言う。
「社内ネットワークに、“穢れ”が取り込まれたのかも……そうだとしたら、“存在しない者”が職場を歩いてても、誰も気づかない」
福田がニヤリと笑う。
「うちの会社、とうとうホラー始まったね♡」
◆
夜。
エレベーターホール。
人の気配が消えたその場所に、ふらりと現れたひとりの男。
見覚えのない社員証、ブレザー姿の若い青年。
足音が、床を濡らすように響いていく。
「……名前、名前がない……でも、働かないと……働かないと……」
彼の背中には、どす黒いモヤのような“魍魎”が貼りついていた。
顔は笑っている。
だが、目は泣いていた。
『評価を……生きた証が欲しい……空っぽじゃ困る……数字にしてくれ……』
それをモニター越しに見ていた松永が、そっと立ち上がる。
「来たわね、“データに喰われた者”……出るわよ、皆」
◆
社内地下倉庫。
そこに誘い込まれた“幽霊社員”の影が、ついに完全実体化する。
全身、紙でできたような男。
胸元には、無数のハンコと稟議書のスタンプが刻まれている。
『サイニン……キュウヨ……ハッピョウ……ホウカイ……』
耳障りな機械音声のような声。
まるで人間のフリをしていた“情報そのもの”。
「ミヨ、いける?」
「任せな! ちょいと派手にやるで!」
美代子が燃え上がる掌を掲げる。
「爆炎・打出ノ炎ッ!!」
炎が倉庫の壁を伝い、一気に対象を包み込む。
だが、焼け焦げたはずの“紙の男”は、再び姿を現す。
むしろ増えていた。
「増えとるやん!!」
「自動複製式の魍魎!? まさか……“コピー機”を媒介にしてる!?」
「データ汚染されてる!」
斎藤が冷静に声を上げる。
「姫姉様、私が“本体”を特定します」
エリリンが鬼化し、紙の中に意識をダイブ。
大量のコピー書類の中に埋もれる“本データ”を探し出す。
「いた……これ! この契約書が発端!」
松永が手を前に突き出す。
「氷封術式・絶対零度ッ!!」
白銀の氷が一瞬で倉庫全体を覆い、本体の契約書ごと魍魎を凍結。
その瞬間、影が裂け、断末魔のような電子音が響いた。
『ミトメラレタイ……ヒョウカ……サレタイ……ゼンタイエンジョ……』
「あなたを認めるのは、書類じゃない。あなた自身よ」
氷の中に取り残されたその言葉を、松永はそっと見つめた。
◆
戦いの後、倉庫の一角でエミリンが呟く。
「データが意思を持つ時代ってのも、こわいもんだね〜」
「思念がコードに染み込んで、魍魎になってしまう……」
エリリンも静かに頷いた。
「次は……もっと“上”にいるかもしれない」
松永が歩きながら言った。
「“存在しない者”を、誰が許可しているのか――探るわよ」