第1話 ―怒りの炎と目覚めの時―

朝、6時12分。
まだ太陽も昇りきらない時間帯。
大日産業株式会社の本社ビル、9階 生産管理部フロアの一角で、上吉原美代子はすでにコーヒー片手に、黙々と朝の段取りを確認していた。

「ふむふむ……ロットのずれが今週も出てるわね。生産Bラインか……」

彼女の眼鏡越しの視線は、資料の奥にある“誤魔化し”に早くも気付いていた。
だが、問題はその誤差の背後に“意図”があるかどうか――そこだ。

(今の私は、“見えて”しまう。あの時から、ずっと)

数日前、突然現れた謎の存在──名をミヨという、赤鬼。
その魂が自分に乗り移ったことで、美代子の中の何かが変わっていた。

「よっしゃ、気張るかー!」

空元気を装って声を出しつつも、頭の奥ではもうひとつの声が響く。

『あー、また変な空気しとるな。やるでー? 焼く?』

(いや、まだだめ。証拠が必要……やるなら一発で)

“焼き払う”という言葉が、今はもう比喩でなくなった現実。
彼女の中には、真っ赤な炎が常に灯っていた。


同じ頃、技術部フロア。

伏木賀津子は、自分のデスクに座ると、手慣れた動作でノートPCを立ち上げた。
だが、視線はモニターではなく、棚に置かれた設計図の束へ向いていた。

(……また、誰かが書き換えてる)

図面の一部が、絶妙に違う。
0.5ミリの誤差。それを活かす部品ラインの変更。
わかる者にしかわからない、極めて巧妙な“細工”。

『へっへっへ。まーた居るな、腐った虫どもが。感電させたろか〜』

「ダメよ、ガー子。まだ現行犯じゃない」

『え〜? ワンチャンやで? ワンチャン感電で反省してもらうとか?』

電気のように思考を高速で駆け巡らせながら、賀津子は静かに微笑んだ。
その笑顔の裏に、雷が潜んでいることを誰も知らない。


管理部。

松永京子は、朝の会議資料を読み込みながらも、内側で別の“戦い”を始めていた。

『京子さん、昨日のBラインの勤怠、不自然ですよ』

「見てるわ。残業時間と手当の付け方、あれは異常」

松永の中にいる“キョン”の声は、冷たく澄んでいた。
同時に、京子の思考は異様なほど冴え渡っていた。

(私たちが“重なって”から、記憶も思考も二倍になったような感覚)

『企業とは人の集まり。でも、時に“組織”という名前の獣に変わる』
『だからこそ、私たちはそれを封じる。氷で、動きを止めて』

「……ええ、やるわよ。徹底的に」

誰に言うでもなく、呟いたその言葉。
それを聞いた福田笑加が、コーヒーを持って近づいてくる。

「おはようございます〜京子さん! 今日もカッコいいですねぇ♡」

京子が彼女に一瞥を向ける。

「福田さん、滝沢さんのログ、もう取れてるわよね」

「ばっちりっす♡」

ニヤリと笑う彼女の中にも、すでに“鬼”が目を覚ましていた。

『さすが姫姉……あたしも手伝うね、しっかりと』

(エミリン……あんた、ちょっと姉ヅラすんのやめて)

『それ言う? 妹ちゃんのくせに』

斎藤恵理は、後ろで黙って資料を整理していたが、その頭の中では冷静な声が響いていた。

『姫姉様が動くなら、私たちも動くときですね』

(……了解。じゃあ、共に)


午前10時。
社内のあちこちで、些細なほころびが同時に起き始めていた。

  • Bラインでは、管理されていない部材が“勝手に”注文され
  • 技術部では、認可されていない部品コードが回覧され
  • 人事部では、存在しない研修費が処理されていた

それぞれが、意図的に隠されている。
だが、鬼たちには見えていた。
魍魎の姿が、徐々に“実体”になりかけていることを。

――それはまるで、煙のようにうごめく“闇”。
上司の顔、部下の言葉、全ての裏に、気配がある。

そして、12時ちょうど。

社員食堂に設置されたモニターが突如ブラックアウトし、真っ黒な画面にノイズ混じりの“目”が現れた。

「…………ああああああ……」

その瞬間、フロアの空気がピリリと変わる。

一人の社員が突然立ち上がり、意味不明なうめき声を発しながら机をひっくり返す。
彼の背中から、煙のような“穢れ”が浮かび上がる。

「っ! 実体化が始まったわ!」

松永の目が細められる。

『姫姉、行きましょう』

「ええ」

一瞬、時間が止まったかのように静寂が広がる。
だが次の瞬間――

「鬼化ッ!」

三人の背後に、異なる色のオーラが立ち昇る。

青い氷の結晶が空気を凍らせ
赤い炎が地面を焦がし
黄色の雷が天井を走る

「キョン、氷壁展開!」
「ミヨ、焼き払って!」
「ガー子、雷、誘導して!」

三人の鬼の姿が一瞬だけ顕現し、魍魎に立ち向かう。

エミリンとエリリンも姿を変える。

「姫姉様、援護しまーす♡」
「敵性データ、解析完了」

滝沢がモニター越しに呆然と叫ぶ。

「な、なんだこれは……! あの福田さんが……!?」

高畑は震える指で帳簿を握りしめた。

「……これはもう、ただの不正じゃない。人間じゃない、何かがいるのよ……!」

氷、炎、雷――
そして、声。

「この会社は、地獄の裁きを受けるッ!!」

その一撃が、魍魎の影を吹き飛ばした。

煙が晴れたとき、残されたのはただ一人、気を失った社員だけだった。


【To Be Continued…】