第7話 ― お局様と人事査問:私の昇進が遅いのはなぜ? ―
「私は、ずっと黙ってきました。だけど……もう我慢はしません」
その言葉は、静かで、そして凍りつくような重さを持っていた。
◆
人事部 臨時査問会議。
異例中の異例として、部長である松永京子は部下の進言により一人の社員の事情聴取を行っていた。
その社員の名は――風間 真知子(かざま まちこ)。
入社以来38年、部署異動はわずかに3回。
事務処理、顧客応対、後輩指導……すべてにおいて“ミスがない”。
彼女のファイルには、ただ一言、「模範社員」と記されていた。
だが、彼女は今、怒っていた。
「私は、“何か”をしていないからこそ、ここにいるんです」
(“何か”をしない――つまり、他人を蹴落とすことをしないという意味か)
京子の視線が細まる。
風間は続ける。
「後から入った子たちがどんどん主任になって、課長になって……私は黙って、全部支えてきました。私がいなければ、あの子たちはまともに仕事も回せなかった」
「……ええ、あなたの働きぶりは記録でも評価でも高く出ています。けれど、それと“昇進”は……」
「“見えない評価”に左右される。それはわかっています。でもね、京子さん」
風間がふいに顔を上げ、眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
「この会社、“何か”が私の昇進を邪魔してる。そう思わずにはいられないんです」
◆
その夜。
斎藤恵理は、社内ネットワークに残された古い人事データを精査していた。
「奇妙な偏りがある……風間さんの査定履歴、明らかに“加点されてない”部分があるわ」
「でもさ、これ、査定自体はちゃんと“正”になってるよね? マイナスされてるわけじゃない」
福田が不思議そうに言う。
滝沢が背後から呟いた。
「……もしかして、“彼女のファイルだけが、何かに触れてない”のかもな」
その時、画面に異変。
風間のファイルを開いた瞬間、文字がにじみ、ウィンドウが暗転する。
『私ハ……ナゼ評価サレナイ……私ハ何モ間違ッテナイ……』
(魍魎……!?)
突如、PCの画面から黒いもやが浮かび上がり、文字が歪む。
『昇進デキナイ理由ヲ、答エヨ……答エヨ……コタエヨ……』
「出たな、“お局魍魎”……!」
松永の中のキョンが鋭く警告する。
『この魍魎……実在の人物の“怨念”とシステムの“無視”が合体して生まれた……!』
「風間さん自身が、知らないうちに“評価の亡霊”になってる!?」
◆
翌日。
社内の空気が張り詰めていた。
理由はわからない。
でも、社員たちはどこか、妙な“重苦しさ”を感じていた。
まるで、背後からずっと視線を感じるような――そんな感覚。
その中でひとり、風間真知子は黙々と仕事をこなしていた。
(私は悪くない。私はちゃんとやってきた。私は……評価されるべきだった)
その想念が、知らぬ間に自身の周囲を“穢れ”として集めていく。
そして、夕刻。
プリンターから、誰も出力していない“異常ファイル”が噴き出す。
その紙に触れた瞬間、風間の背中に黒い“帯”が巻き付き、異形の姿へと変貌していく。
――体は書類と印鑑でできている。
――無数の評価表が羽衣のように舞う。
『私ヲ評価シナイ者ヨ、消エロ……』
風間の“裏人格”が、社内ネットワークに侵入し、次々と他社員のファイルを“黒塗り”に変えていく。
◆
「ミヨ、ガー子、出るわよ!」
「来たか、“怒りの未昇進”やな!!」
「うちもそろそろ評価されたかったところやで!」
ミヨ、ガーコ、そしてキョンが一斉に鬼化。
氷・炎・雷の三属性がフロアを駆ける。
「本体は“風間さんの内部”よ! でも“倒す”んじゃない、“救う”の!」
「評価されへん怒りを抱いたまま、魍魎になったんやな……なら、ウチらが見といたるわ!」
ミヨの火球が、“評価拒否”のラベルを燃やす。
ガーコの雷が、“無視されたコメント”を炙り出す。
そしてキョンの氷が、風間の胸に潜んでいた“凍った言葉”を包む。
=「私は、昇進したかった」
「その気持ち、ちゃんと届いてるわよ」
エミリンとエリリンがその隙を突き、“本心”の文字を風間の心に直接書き込む。
『姫姉様……彼女、涙を流してる……』
(……救える)
◆
戦いの後、風間は資料室の片隅でそっと膝を抱えていた。
京子が近づき、そっとハンカチを渡す。
「あなたの気持ち、私は知っていた。でも、“あえて”口にしなかった。あなたは、自分で乗り越える力を持ってると、信じてたから」
風間は唇を震わせながら、やっと呟いた。
「……悔しかった……怖かった……でも、ずっと、“いい人”でいなきゃいけない気がして……」
「“いい人”も、ちゃんと評価されるべきよ。私たちが、その道を作るから」
【To Be Continued…】
