第5話 ― 業務委託地獄:下請けと幽霊会社と紙の神 ―
「この契約、どこから来たんですか?」
「あれ? あれは……誰の承認だったっけ……?」
「いや、でもちゃんと稟議は通ってるはず……どこかで……」
大日産業、技術部会議室。
混乱の種は、日常の会話に溶け込むようにして始まる。
担当者不明の業務委託。
内容が不明瞭なまま毎月数十万が支払われる委託費。
その会社に電話をかけても、誰も出ない。
登記簿は残っている。だが、実体がない。
まさに――幽霊会社。
◆
午後、管理部・臨時作戦会議室。
松永京子はホワイトボードの前でペンを手に、フロア全体に視線を走らせる。
会議室には赤鬼・美代子、黄鬼・賀津子、小鬼たち、そして滝沢と高畑が集まっていた。
「件の業務委託契約、“有限会社ペーパージャック”。これが問題の温床ね」
「社内の複数部門で使われてるけど、誰も担当者を知らない。請求は自動的に来て、承認印も揃ってる。なのに、“誰も何もしてない”ってわけやな」
美代子がぽん、と資料を机に置く。
「この前の“幽霊社員”と繋がっとる可能性、高いと思うわ」
福田笑加が指でくるくる空をなぞる。
「じゃあさ、もしかしてその“会社”自体が、魍魎なの?」
「あり得るわ。今回は“実体のない法人”そのものが魍魎の本体かもしれない」
斎藤恵理が手元のファイルを静かに差し出す。
「この“委託先”は、数年前に倒産処理済み。でも、今も“請求だけ”が届いてる。おそらく、データとしての存在だけが社内に残ってる」
滝沢がボソリと呟く。
「まるで“データの神”だな。存在しないのに信仰されてる……誰かがそれを維持してるってことか」
松永は頷く。
「ええ。その“誰か”をあぶり出しましょう」
◆
調査の末、浮かび上がったのは――
技術部 製造管理課の、一台のプリンタ。
なぜか月に2回、自動で“契約更新通知”を印刷している。
誰も触れていない。タイマーも設定されていない。
けれど、用紙の中にだけ、“生きた何か”の気配がある。
「出るわよ。全員、準備して」
松永の言葉に応じて、鬼たちが鬼化の術式を展開する。
キョン。
ミヨ。
ガーコ。
エミリン。
エリリン。
“浄化の陣”が構築される。
◆
夜、社内の照明が落ちた技術フロア。
プリンタの上に、白い紙が1枚、音もなく出力される。
その用紙に、赤黒い“印”が浮かび上がった瞬間、プリンタ本体が歪み始めた。
「きたわよ――!」
キョンの声とともに、冷気が走る。
プリンタから伸びた紙の帯が、人型に変形する。
無数の請求書、稟議書、契約書でできた巨体。
その中心には、“押印された代表印”が不気味に輝く。
『……印鑑……承認……委託完了……契約不履行ハ……背任ニ等シ……』
「しゃらくせぇわァァァァ!!!」
先手を取ったのはミヨ。
炎を纏った拳で、紙の魍魎の左腕――“発注書”を吹き飛ばす。
「ガー子、右の“領収書”いける!?」
「まっかせなッ!」
雷撃が鋭く走り、魍魎の“領収書腕”が焼き切られる。
だが、切られた紙の欠片からまた“新たな契約”が複製され、再生を始める。
『再稟議……再印刷……再契約……循環ハ止マラナイ……止マッテハイケナイ……』
「っ、コイツ……自分で自分の証拠を再生してんのか!」
キョンが叫ぶ。
「この“ループ構造”を断ち切るには……最初の契約、最古の“原本”を突き止めて破るしかないわ!」
「私に任せてください、姫姉様」
エリリンが高速で魍魎の内部へ“思念潜行”する。
視覚と記録の海を泳ぎ、最も古い契約ファイルを探す。
(見つけた……あった! これは10年前、当時の副本部長が秘密裏に結んだ“架空委託”契約……!)
「姫姉様、今です! この座標に――!」
「了解」
キョンが両手を広げ、氷の槍を無数に生み出す。
「凍結術式・原本貫通――氷鎖穿突(ひょうさせんとつ)!!」
巨大な契約魍魎の胸部、中心にある“本契約書”に直撃。
凍結とともに、再生ループが崩壊していく。
『システム……連結解除……契約消失……データノ神……消去……』
粉雪のように舞い散る、紙の残骸。
魍魎は静かに消えていった。
◆
翌朝。
技術部の定期委託記録が自動削除され、
存在しなかった“ペーパージャック”の契約データが一切合切、跡形もなく消えていた。
滝沢がつぶやく。
「……まるで最初からなかったみたいだな……」
高畑が静かに頷く。
「でも、きっとまた“次の契約”が潜んでる。今の企業って、そういう場所だから」
松永は静かに答える。
「そのたびに浄化する。それが“私たち”の仕事よ」
【To Be Continued…】
