第2話 ― 小鬼たちの覚醒と、巻き込まれる者たち ―
午後2時。
午前中の“騒動”は、表向きには「一部社員の体調不良」として片付けられていた。
生産管理部の一角では、松永京子、美代子、賀津子の三人が無言のまま資料を睨んでいた。
その背後には、ひっそりと寄り添うように立つ二人の若い女性――福田笑加と斎藤恵理。
「いやー、アレすごかったですねぇ。もう、“バーンッ!”って感じで!」
「……社内のセキュリティカメラには、どう映っていたんでしょうか」
エミリンとエリリンが、それぞれ福田と斎藤の意識の奥で囁き合う。
『姫姉様の鬼力、さすがだったね〜♡』
『でも、あれでまだ本気じゃない……むしろ抑えてた』
(キョン様……やっぱり只者じゃないわね)
(私たちは……まだ全然役に立ってない)
松永は机の上に置かれた書類をまとめながら、双子を静かに見つめた。
「……あなたたち、“目覚め”は済んでるのね」
福田はきょとんとしつつも笑顔で、
「そりゃもう。あたしなんか、初日から“コレ”なんで♡」
斎藤も淡々と続ける。
「自覚は、あります。私たちが“人間だけではない”ことも……“使命”があることも」
三人の鬼は顔を見合わせた。
かつて地獄界で仕えていた小鬼たち――その覚醒の兆しは、確かに始まっていた。
◆
一方、その頃。
システム部の薄暗い一角。
滝沢直樹は、キーボードを叩きながら冷や汗をかいていた。
「な、なんだこれは……社員データベースのログが……勝手に増殖してる?」
画面上に現れたのは、存在しないはずの“アカウント群”。
幽霊のように社員IDが登録され、実体のない残業記録が付けられている。
「ログイン元が……内線端末? しかも、地下?!」
ざわ……っと全身を粟立たせる嫌な感覚。
その時、不意に背後から声がした。
「滝沢さ〜ん、エミリンの使いっ走りくん♡元気してる?」
振り返ると福田笑加。
いつものように無邪気な顔で立っていたが、滝沢にはその笑顔が何より怖い。
「お、おい福田……あんた、あの昨日のは何なんだよ……炎とか、雷とか……あれはCG? ドローン? いやもう意味わかんねぇよ!」
「あー、うるさいうるさい。黙ってお仕事してくれればいいの♡ ほら、このUSBに“変なログ”入ってるから消して、ね?」
バチッとウィンクする福田の指先が、わずかに赤く光った気がした。
「……はぁ、わかったよ……やるよ、やりゃあいいんだろ……」
だが、滝沢の指が触れた瞬間、USBから発せられた黒いもやが彼の端末に“喰らい付く”。
「なっ……!?」
画面の中から“何か”が覗いている。
いや、“覗かれて”いる。
「くそっ……やっぱりコイツ、生きてる……!」
一瞬、デスク上に赤黒い手のようなものが現れる。
次の瞬間、福田が前に出る。
「鬼化ッ!!」
小柄な彼女の背後に、緑色の光をまとった“姉鬼”の姿が浮かび上がる。
「エミリンッ!?」
『ふっふ〜ん、さっそく出番だねぇ♡ じゃ、軽〜くお仕置きいきまーす!』
エミリンは電光石火で右手を振るい、魍魎の残滓を“つまみ上げる”ようにして引きずり出す。
「ちょいと失礼っ♡ アンタ、何様だっての♡ 人の記録に好き勝手しやがって〜」
青黒い影が悲鳴のような音を立てて揺らぎ、そのままUSBに封じられる。
滝沢は腰を抜かして呟いた。
「……マジで、鬼なんだな……お前……」
福田は肩をすくめて笑った。
「いまさら? エミリン舐めたら、痛い目みるよ♡」
◆
一方、総務課の別室。
斎藤恵理は黙々とコピーを取っていたが、ふと足を止めた。
(……視える。思念の断片が)
スキャンされたPDFデータの中に、確かに“おかしな気配”が潜んでいる。
『出るわよ、妹ちゃん』
「……ええ」
彼女の意識の奥、エリリンが目を開ける。
データの行間に隠されていたのは、改ざんされた決算資料。
しかも、“作った”のは社外ではなく、社内の誰か――しかも、部長クラス。
「これ、根が深いわね」
エリリンは静かに両手を合わせ、念を込める。
「思念読解・開花」
PDFの文字がにじみ、社員たちの“嘘”がそのまま映像として浮かび上がる。
“仕方なく”“命令だった”“空気を読んだ”――
どの言葉も、自分を守るための虚飾。
(人は、時に自分を守るために、地獄よりも深い闇を選ぶ)
彼女は静かに息を吐いた。
『姫姉様に報告しないと。これ、きっと、上層に繋がってる』
◆
午後5時。
管理部の小会議室に、鬼たちと人間たちが集まった。
「今日だけで3件の不正と、実体化した魍魎が2体……」
松永京子がメガネを外し、静かにテーブルに置く。
「情報も増えてきた。次は、“どこから腐っているか”を探る」
「組織図から見て、経理と技術部の間に妙なリンクがあるわ」
美代子が地図を広げる。
「そやそや、ガー子の“雷ピリピリセンサー”にも来とったで」
「呼び方」
「ええやん、ノリでやんか〜」
そこに、福田と斎藤も加わる。
「姫姉様、USBの魍魎、完全に封じました〜♡」
「決算改ざんの痕跡、まとめました。ご確認を」
滝沢が壁にもたれてボソッと呟いた。
「まるで戦隊モノだな……鬼戦隊とか、そういう」
高畑がくすっと笑う。
「そうね。でも、この会社……本当に“地獄”より深いかもしれないわ」
松永は目を細める。
「だったら、私たちが浄化する。鬼として、社員として――母としても、ね」